今から始まる地域包括ケア。地域での暮らしを支える、そのための介護施設の役割って何だろう。山田尋志さんとの対談。
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山田尋志さん×浜田きよ子 対談 『地域での暮らしを支える、そのための介護施設の役割』

か投げる介護のために・山田尋志さんとの対談
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表紙 > 考える介護のために・対談シリーズ 地域密着型総合ケアセンターきたおおじ代表・山田尋志さん

 

介護を日常生活に近づける

 

浜田きよ子 特別養護老人ホームの施設長を長くやってこられ、介護の世界では知らない人がいない、そんな山田さんに今日はゆっくり時間をとっていただき、あれこれと質問するかたちで進めさせていただきます。よろしくお願いします。

今後、施設がどう変わっていくのか、高齢者の暮らしがどう変わっていくのかなどについて伺いたいのです。

 

山田尋志さん 4つのイノベーションという言葉があります。

第1のイノベーションは1963年です。この年に施設が登場しました。【老人福祉法】が施行されたのです。それまでは養老施設という生活保護受給者だけが現物給付で入れるものだったのが老人ホームという名称に変わり、一定の条件を満たせば誰でも入居できるようになりました。

第2のイノベーションは1985年。在宅サービスが本格的に登場してきたのです。それまでは「在宅サービスは必要ない」と言われていたのですよ。なぜ在宅サービスが必要ではないとされたのか?それは、「家族が介護をするのが当たり前だ」というのが国の考え方であり、それを前提とした政策でした。ところが介護をしている家族の実態を知るにつけ、家族だけでは支えきれないという認識に転換したのです。

それからショートステイ、デイサービス、ホームヘルパーという在宅3本柱を中心とした在宅サービスが推進されました。ようやく、「家族介護が主だが社会も支えるよ」という流れができたのです。

第3のイノベーションは2000年です。施設ケアが、それまでの集団ケアから、個室ユニット型特養、グループホームなどに象徴される個別ケアへの転換がスタートしました。「厄介な人」をひきうける思想から、一人一人の尊厳を実現していく流れに変わったのです。これはサービスを受ける立場でケアを考え直すということです。

大きく変わるきっかけのひとつは武田和典さんが行ったユニットケア。健光園のももやま(高齢者福祉総合施設:京都市伏見区)も個室ユニット型ケアを開始しました。そのころから燎原の火のごとく、お年寄りの側に立ったケア論が展開されるようになったのです。宮島渡さんもその代表のひとりですね。

宮島渡さんの講義の様子
写真:宮島渡(アザレアンさなだ施設長)さんの京都での講義の様子

 

※武田和典氏:きのこ老人保健施設(岡山県笠岡市)副施設長。特養・老健・医療施設ユニットケア研究会代表。武田和典さんと浜田きよ子の対談はコチラ→

※宮島渡氏:恵仁福祉協会・アザレアンさなだ(長野県上田市真田町)施設長。

 

第4のイノベーションは、今から始まる地域包括ケア。高齢者、要介護者が地域で暮らせるように支えていくためのケアです。

高齢者の暮らしはどう変わるの?

山田さん 介護のあり方を左右する潮流はこの4つに整理できます。「高齢者の暮らしがどう変わるのか?」という浜田さんの問いですが、まず、代表的な施設・特別養護老人ホームという施設で考えましょう。これは15年後には「ケア付き集合住宅」になります。これが国の方針です。

 

介護職は建物の外にいて、外から駆けつけることになります。建物の中にいるのは見守りと生活支援の要員です。ポイントは、介護など専門職のポジションの変化ですね。

特養の介護職はその施設にいるお年寄りだけを見ています。彼らは隣の家に介護が必要な高齢者がいても行けない。

施設という箱の中に閉じており、ホームヘルパーも一つの事業所の中に閉じています。今はそういう制度です。

山田尋志さん
写真:山田尋志さんが地域包括ケアの魅力について語る

 

しかし、「地域に配属された介護職というように考え方を変えよう、ケア付きコミュニティだと考えよう」という、より現実的な方向性になります。専門職が地域に配置されているのだという捉え方に変化するのです。 そのコミュニティは中学校区程度の生活圏域で設定されます。特養は今までは大規模広域型で建設されてきました。市街地の周辺に大きな施設を作ってお年寄りを地域から切り離して、そこで晩年を過ごし、ターミナルまで、という施設です。

そうではなく、住み慣れた地域の中で小さなケア付き住宅などをたくさん作ります。特養はその住宅の一つになります。これについては、すでに特養を作ってしまった人たちからは、「私たちって要らないの?」という声がありますが、そうではありませんよね。

≪ももやま≫も規模が大きく、1階に広いパブリックスペースを持っています。地域の方々がそこに集まり、その力を引き出す場です。子どもたちを含めて皆が集まる広場として、あるいは、ボランティアが集う場として。そういう機能を大きな施設は果たしていけば良いのです。私が今関わっている十四軒町の家(グループホーム・デイサービスセンター・ケアプランセンター:京都市上京区)のような小さな拠点で新しいことができると思っています。
また、個室ユニット型施設は「建物は大きいが中に入ってみると小さな集合住宅」として機能しています。そういう形で役割を果たしていくだろうと思います。あるいは人材育成の研修の場でもありますよね。

今ある特養のように、あんなに大きな施設は今後は作れないのですから、有効に活用していただきたいものです。

ところで、こんな話もありますよ。

新潟県の小山剛さん(長岡福祉協会高齢者総合ケアセンターこぶし園総合施設長)は毎日のように東北の被災地に入り、避難所の写真を撮っていました。避難所は段ボールで区切られています。「これが特養ですよね。個室ユニットですよね」と話しています。だから特養は、地域で暮らし続けることができない災害に遭遇した方たちのためにあったというわけです。

避難所にいることになった原因である「災害」をなくせば、家に戻れる。だから避難所に入っている人は、次は仮設住宅。仮設の次は家。そうやって帰って行ける。特養も同じことを考えましょうよと言い続けているのです。
それは的を得ていて、現状は高齢者にとっては災害に遭っているともいえます。家で暮らせなくなった人を特養という避難所、仮設住宅に収容しているという考え方ができるわけです。

本来は住み慣れた所に帰してあげるべき。コミュニティの中に帰すべき。

これが分かりやすいキレイな理屈ですが、ただ、「コミュニティってあるの?住み慣れた所って今の若い世代にはあるの?」といった問題はありますね。だから、今から、「新しいコミュニティを再生するプロセスが始まるんだ」ということなのです。

コミュニティの再生と創造を果たす

司会 「コミュニティってそもそもあるの?」ということについて、掘り下げていただきたいと感じました。コミュニティが何か分からないという環境で育った人にその再生を求めてもかわいそうな気もします。

 

山田さん 分かりやすく考えると、それは「出会う場」なのです。≪ももやま≫の1階が良い例です。

僕は各地にサテライトを作りましたが、それはすべて「場づくり」なのです。形に見えるモノ、場所があれば人は出会うのです。一般社会では、サラリーマンで心を病んでいる人が増えていますでしょう。どこの会社で聞いてもメンタルヘルスの重要性が自覚されてきています。コミュニティが失われてきて「これで良いのか?」と皆思い始めています。

コミュニティという強い概念、「失われた」とか、「再生」とか強いイメージで語る気持ちはないのです。でも、≪ももやま≫で見ているような関係作りは、誰にとっても魅力的でしょう。皆が生き生きとしてきているのですから。場があれば人は変わるのです。

コミュニティという言葉を安易に使っているのかも知れませんが、出会っていく仕掛けを作るのは重要です。50年、100年かけて、コミュニティに似た何かができてくる期待感もあります。

 

浜田 先ほどの話ですが、避難所が施設の今の姿であり、高齢者はそこから地域に戻れるようにというのは、東北の震災モデルだと思います。

東京で大震災が起きたら、そこにある避難所って地域社会といえるのだろうか?東京のような大都会では、東北地方のような地縁的な人とのつながりは薄くなっていますから、「地域」をどうとらえるのかは微妙です。

 

山田さん 最近は、土着というよりも自分の一番なじみのあるコミュニティというニュアンスで語られますね。

 

浜田 でも先ほどの震災での話は、まさに住んでいる地域なので、もう少し、考えてみましょうか。

 

山田さん そういうことを考え始めると「地域」という言葉を意外にいい加減に使っていることに気づきますね。

 

浜田 そのことが気になるのです。東北の震災だから地域があった。私にとって、仕事場のむつき庵と住んでいる上高野と、どちらが私の地域なのか?と考えれば、むつき庵の方が地域かもしれません。隣のコロッケ屋さん、お向かいの竹屋さん、ご近所の方々とはよく顔を合わせてお話します。でも住まいのほうは、不在が多くて両隣とのお付き合いくらいですから。

 

山田さん おそらく僕の体験からすれば、地域社会って、男の場合は職業を持たなくなってから始まるものです。女性でもキャリアウーマンは同じでしょう。

僕の親父は昔から一人で何でもするのが好きで、構われるのが嫌いな人です。今は軽い認知症を抱えて、しかもパーキンソンを発症しています。彼は町内の食堂に必ず一人で、不自由な歩き方をしながら行くのです。ところが、ある日帰れなくなった。食堂の人たちや行きつけのパン屋さんなどが探し回ってくれました。そうしたら電信柱にもたれかかって歩けなくなっていたところを4、5時間後に発見したのです。

それ以降、僕が土日などの昼はできるだけ親父を連れて、その食堂に行くようにしています。そのきっかけは、探し回ってくれたことに対してお礼を言いたかったからなのです。

実際に行ってびっくりしたのは、食堂の皆さんは、親父が食堂に来た日を全部カレンダーに書き込んでくれていたのです。そして家の方に向かって歩いていたかを確認して、それを息子の僕に言ってくれる。そうやって商店主たちと親しくなってきました。帰りにパン屋で牛乳を買うので、そのパン屋さんと親父がとても親しいことを知ったし、そこで僕も仲良くなりました。

僕が土日の空いた日に親父と歩くことで、僕自身が地域社会との関係が生まれてきたのです。そうやって「地域」を新しく作りはじめる。

僕にとって、地域は土着的なものとしてあるのではなく、仕事を離れてから作りはじめるものという気がする。そのためには人が出会うような「場」が必要。だからこれを何としても作らないといけないと感じているのですよ。

地域としての施設を作りたい

山田さん 僕は30年前からかなり先進的な法人で仕事をしており、日本で初めてのケア付き住宅を始めたりしました。ケア付き住宅にはかなり元気な状態で入って来られ、経済的にしんどくてちょっと生活支援が必要な人は養護老人ホームに移られました。

さらに、介護が必要になれば特養に移る。要するに、元気だった人が徐々に、人に支えてもらう領域を増やしながら最期に亡くなっていく。そういう人の終末期をたくさん見てきました。

京大医学部の理学療法士たちと、高齢期になって活動範囲が狭くなり人に支えてもらう面が増える、このことを調査研究したことがあります。人が時間の経過とともに変化して、死ぬ。その過程で「自分で行きたいところに行けない」「会いたい人に会いに行けなくなる」という状況が生まれます。そうなると人の生活はかなり変わっていきます。

孤独が好きで、人に構われるのが嫌だった人でも、常に隣に人がいる状況を求め始めるのです。

自分が行けないから、いてほしい人を呼ぶ。そういう状態になって初めて施設に入り、その人の存在を我々が知ることになる。そこで「自立だ」とか「依存しないで」とか言うのは、酷な場合もありますよ。

うちの親父は典型的な自由人でしたから、人に構われるのが大嫌い。でも、今は僕や妻を呼び付けます。自分で行けなくなるので来てほしい。いつ呼んでも誰か来てほしい。今90歳ですが、先日はじめて「私でも老人ホームには入れるのか?」と聞いてきました。あり得ないことだと思ったのですが、でも人は変化します。きちっと支える側がそういう変化を読み取り、過不足ない支え方をする。これは一人では無理です。

知人の京大の精神医学の先生が「精神医学と介護は似ている」とおっしゃいました。相手にとって自分がやっていることが正しいのか分からないのです。

だから常にスーパーバイズを必要とする側面があります。常にカンファレンスで評価して行く。関わってもすぐに治療もできないし効果も見えてこないという面も似ています。僕もそう思います。

介護は、嫌でも人の暮らしに介入する。人は自分の暮しに他者が介入して嬉しいものではない。我々はそれをやっている。やむを得ず、生活のために他人にケアをされて暮らしている。人が人の暮しに介入するというのは、よほど、ためらいだとか、そういう気持ちが強くないとだめだ。人がやってはいけないことをやっているのだから、本質的には神の御業に近いことなのかなと。よほど謙虚で、これで良いのかとためらいながら進めていくのが介護だと思います。人に介入するという作業の本質を問うてほしいのです。

高齢者の暮らしにはモデルがない。この仕事にもモデルはない。だから考えるのです

 

司会 介護の世界の方々は、常に自浄作用が働くように考えておられます。自分の仕事が相手に与える影響などを自発的に振りかえることができるように、その回路が働くように、自分にも人にも求めておられる。そういう信念が一体、どこで育まれたのでしょうか。個人の生きてきた過程でそうなったのか、それとも職域、業界として絶対視されているのか。その点について教えてください。

 

山田さん 僕は「人が人の暮らしにかかわりながら長期間支えていく専門職」というのは、現代になって初めて登場してきたと考えています。

弁護士や医者など、人が困っている時に部分的にかかわる職業は昔からあります。

でも、亡くなるまで長期間生活に密着して関わり続ける仕事は歴史上初めてだと思います。

だから、この仕事にはまだ歴史がないのです。今後、10年後、20年後、福祉の現場、介護の現場でためらいを経験した人たちが経営者になっていきます。今の経営者たちは、行政や一般の会社などほかの様々な領域で活動してきた人たちが多く、いわば寄せ集め。だから、自浄作用に関しても質の差が激しいのが事実です。

でも10年後、今、現場にいる人たちが経営者になる頃にはそんな差を生みだしている要因は淘汰されていて、業界として自浄作用が働く風潮になるでしょう。それだけ新しい仕事なのです。

 

浜田 私の感覚も良く似ています。日本が高齢社会に向かうのは初めてのことです。高齢者の暮らしはモデルがないのです。

外国にモデルを求めても風土が違います。これまで経験しなかった高齢社会の中で、人が老いていき支える、ということが仕事になる。常に考えながらつぶして、また作る作業。 高齢社会の中でどう生きて死ぬか、というのは考えていかないと…。

 

浜田きよ子:Kiyoko Hamada
写真:浜田きよ子「高齢者を考える基礎として、相手は『圧倒的に身体がつらい』ということを理解するべきだ」と指摘する。

司会 施設に入っている入所年数は平均5年弱だそうですが、その5年は、本人にとってどんな時間なのでしょうか?

 

浜田 圧倒的に、体の不自由さを持って入ってくるのです。暮らしの意味を考える以前に、体がしんどい。身体の影響は想像以上に大きいですね。体が基本ですから。

その体がものすごく辛い状況にある。その人が施設に入るということです。施設に入るというのは、自分で暮らせないという証明ですから。

 

山田さん 自分で暮らせなくなった人を受け入れるのが施設です。なぜ在宅で暮らせないのか?それは浜田さんがおっしゃったように、体と心が傷んで自分で暮らせなくなったということです。その場合にも施設は自分の家の近くにあってほしい。そうなれば、商店街にも行けるし、近所の人とも出遇うことができるでしょう。心身の状態が変わればまた家に帰れます。

今できることとしては、ケアの質と、チームマネジメントや地域連携の質を上げることが重要です。

浜田さんが監修されているオムツフィッター研修もそうでしょう。

 

浜田 私は、オムツフィッター研修は、ケアの考え方やそれに伴う技術を学んでいくためのものだと思っています。オムツフィッター研修を受ける方々には、人の行動を見て察知していくとか、生活史を知っていくことがケアには大切だと分かっていただきたいのです。

また、私は入浴介助、食事、嚥下など、それがすべてつながっているのに、ばらばらにして学んでいるのが気になっています。それらをつなげる研修をしたいという希望があります。

介護を受けている人が不機嫌な場合でも、そこには理由があります。

人をどう見るかということについても、身体ケアも、ともに関わりあっているのにつながっていない。それぞれの場面のテクニックにされています。相手が変わればケアのあり方が変わるのです。だから研修ではテクニックはあまり教えません。考える力を培うモノだと思っているからです。形を覚えても、相手が変われば通じないこともあるので。

 

山田さん ケアの現場では、ひとりずつのスキル、考え方を鍛えていくしかないのです。だから常にスーパーバイズしあいます。一人を鍛えることとチームを鍛えること。その両方が研修の主流になると思いますね。

落とし穴がいっぱいあるからチームでのマネジメント文化が必要でしょう。

――Fin.

 

取材メモ:2011年12月、京都市内に於いて実施。司会/本サイトウェブマスター

 

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