他者と自己のかかわりについて考えることで、ケアが見えてくる。臨床哲学者・西川勝さんとの対談。
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西川勝さん×浜田きよ子 対談 『他者と自己の関わり』

臨床哲学者西川勝さんとの対談
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西川勝さんとの対談

――勝手な思い込みかもしれませんが、浜田きよ子さんと西川勝さん、お二人の共通するところとして、「自己の中に他者がかなりのボリュームで存在しているのだけれども、その他者には支配されていない」というスタンスがあります。多くの言葉の中に他者の存在が潜んでいます。それはトレーニングしないと難しいことではないかと思うのです。

 

浜田きよ子 「自己の中に他者の存在が潜んで」と言われましたが、思えば、私は自己つまり「私」という確固たるものは存在しないのではないかと思ってきました。浜田きよ子
「私」という存在は、人や環境の交わる「交点」のようなもの、つまり「さまざまな関係の総和」のようなものが「私」という存在といえるのではないかと。その意味で、「個の確立」といった言葉に違和感を抱いてきました。

 

西川勝さん 僕の場合は、そもそも自分がないとは思っていなかったです。

禅語の「己事究明(こじきゅうめい)」と言うか、自分とは何かを考えるのが、哲学の一番の問題だと思っていました。高校生で学生運動に入り、社会を変えるために自分はどうするべきかと考えました。別に僕じゃなくてもいいです。そういうことを考えて行動する人が増えればいいのですから。それは自分のためではなく社会のためという意識でした。これが挫折した時に、社会のためにやっていたはずなのに、運動から離れたら自分が生きることの意味が見つからない。その時に、それでも生き続けることがあるならそもそも自分は何のために生きているのだろうと、哲学青年らしい問いにとりつかれました。いろんな文学も読みました。大阪大学の二部の哲学科に入ってみて、その時も自分のことにしか興味はなかったですね。

哲学科の学生が作った同人誌がありました。僕もヘラクレイトスの古い短編をたまたま古本屋で見つけて、これをもとに、同人誌に寄稿する原稿を、己を探求することがいかに大切かという筋で書きました。その発表会があって、その時にコメンテーターとして参加されたのが鷲田清一先生でした。

先生としっかりしゃべったのはその時が初めてでした。コテンパンにやられました。「本当の自分があると思っているのですか?」と言われても、何のことか全然分からない。僕は、自分が生きるよすがみたいなものが哲学の中にあって、そのとっかかりに近づいたと思っていたのに、一時間くらい、やられました。ほめてもらえると思っていたのです。実は、この発表会の前に合宿があって、その時は少し鷲田先生と話ができました。他の学生の前で、「彼は第一志望で哲学科に来た。君たちは第二、第三志望だろう?」みたいな話をしていただきました。周りの学生をけちょんけちょんにしながらも、「ところが彼は精神病院で働きながら哲学を志したんだ」という話をしてもらったのです。だから、かわいがってもらった印象があって、その自分の文章がはじめて印刷されたものですから、こちらはほめてもらえると思いこんでいました。そうしたらコテンパンにやられた。

40歳を過ぎて臨床哲学に入って、様々な活動をしているうちに、鷲田先生の指導で自分の過去のケアのことを文章にしていくと、自分のことを記すのに、患者さんの姿ばかりが出てくる。自分のことなのに自分ではなく患者さんの姿ばかり出てくるのです。そんなことから、鷲田先生の「自分というのは他者の他者なのだ」ということを意識し始めました。他者と自己は同時に生まれてくる。他者と自己があって、それが出会うのではなくて、振り返ることで、自分が出てくる。自分ではない他者が出てくる。ということについてもなんとなく得心するようになりましたね。でも、それからあとも、10数年、ずっと考えてましたね。

 

浜田きよ子浜田きよ子 私の学生時代は学生運動の終わりの頃ですが、生きる意味とか自分はどう生きるのかを考えた時代でした。そしてその頃は「個の確立」が大切であると言われていた時代です。思えば私もその頃は、「私」をちゃんと確立しなければ、なんて思っていましたし、自己はしっかりあると思っていました。とても生き辛い日々で、「人が何かを突き破るのは、どうしたら可能になるか」と考えていました。そこで実際にあった蜂起に関心を持ちました。そこで百姓一揆について研究?したいと思ったのです。でも資料が読めないので諦めて、明治17年に起こった秩父事件を詳しく知りたいと思いました。そして何度も秩父に足を運ぶ中で、「秩父事件を歩く会」を知り、その主催者である戸井昌造さんに出会います。秩父事件の文献を読んだり、秩父に行くなかで、その蜂起に参加した人たちは確固たる自己をもっていたというのではなく、巻き込まれたり付き合いで参加したり、という人が圧倒的に多かったのです。そして多くの人たちは日常を断つ強い決意を持ったという以上に、言わば勢いの結果だったことを知ります。秩父事件にかかわった人たちが身近な人に感じられたのです。ますます自己って何だろうって、思いました。そのなかで、戸井先生から内山節さんの本を紹介されて、著作からたくさんの影響を受けました。確固とした自分などは存在しない。他者との関係のなかで、そこから自分がかたち付けられる、そんなことを改めて感じていきました。

 

個の存在の中で考える

 

西川勝さん 本当に僕は頑固で、それはなかなか分からなかったんです。鷲田先生の授業で、デカルトをやる。これはデカルトを乗り越えるためにやるのですが、僕は授業をさぼったので、「我思う、ゆえに我あり」から離れられなくなった。これは言葉で考えることを出発点にしています。僕は最初は、哲学とは思弁的なものだと思っていました。そういうところに格好よさを感じていました。事実としては思弁的に生きているのではなくて、いろんなものとのかかわりの中で生きていくのですが、そういうところからポンと離れた場所に哲学があると思っていました。これがだんだん、鷲田先生の臨床哲学にかかわる中で、この存在の只中で考えないとだめだ、私というものを出発点にしない哲学を考えないといけない、と思うようになりました。

 

――頭の中の世界観、精神的な世界観といったものと、生身の体が動いている臨床、実践の中で、考える、行動することの「実践する魅力」「動くことの魅力」について教えてください。

 

西川勝さん 最初は考えてなかったです。日常のことで誰でもやっていることだから…程度にしか思っていなかったです。ところが精神科看護を選んだのは、現場で思うことがあったが、これだけやったら嫌になると思った。理解できないし、世間からは「やめておけ」と言われるような場所だったし。

 

――望んで行かれたのですよね。

西川勝さん

 

西川勝さん 精神病理学とか精神医療の世界には哲学の大家がいっぱいいるのです。だから哲学を勉強するのに、精神医療の現場はすごくいいのではないかと思っていたのです。実際に若い精神科医たちと一緒になって哲学の勉強会をしていました。この時に圧倒的に関心があったのは、思弁的なというか、理論的な話でしたね。本を読むだけではなく現場を知っていることは魅力的でしたが、現場そのものの魅力は、分かっていなかったのです。

僕が『ためらいの看護―臨床日誌から』のように、自分の臨床実践について言葉を使って振り返るようになったのは、臨床哲学との出会いからです。それまでは実践の場の魅力を見過ごしてきたわけです。若い頃は熱にうかされたように、思弁的な哲学にのめり込みましたが今は、臨床哲学によって別の角度から火が付いています。自分の看護実践も今までとは違った角度で浮かび上がってきます。

 

書くことの意味

 

――コミュニケーションが不完全な相手とのかかわりへの関心は、ご友人の砂連尾理(じゃれおおさむ)さんのダンサーの身体が動くことへの関心に似ているのではなかろうかと、勝手に想像しています。

 

西川勝さん 彼はしゃべれるけれど、講演を積極的にするわけではないです。言葉でそれを語っていこうということはないのですが、彼によって認知症の女性が素晴らしいダンスをしたという事実があって、でもその事実を彼は言葉で説明しません。僕の中に出てきた言葉は解釈なので、ちょっと違います。僕は彼の解説者になろうとはまったく思っていません。彼のダンスワークショップに僕の哲学カフェをぶつけているくらいの感じです。後は例えば、哲学カフェの会場に行くのにも歩いたり、スーパーカブで行ったりして自分の経験を自分で変えてしまうのです。それもまた言葉になって出ていきます。自分の体験のことなのです。僕は釜ヶ崎にも行きますがほとんど勉強せずに行きます。具体的な誰かと少しずつ知り合って、すこしずつかなわない人だと思ったり、すこしずつ、え?と思ったりする。僕も向こうに迷惑をかけていく。そんなことをしているうちに書き始めるのですが、今の段階はまだ備忘録的なことでしかなくて、もうちょっと、言葉にならないところで行間が詰まってこないと文章にしたくないので、今はまだ経験がたまっていくところですね。しゃべった言葉は消えていくので良いのですが、文章はまだいいかなと思ったりします。

 

――浜田さんが原稿を書くのは他者のためですか。

 

浜田きよ子 福祉用具などの紹介についての原稿を書く頻度が高いので、これはエッセイとは少し意味が違っています。例えば、新たな機能を持つスプーンはこんなふうに便利に使えますということについて考えると、多くの人にとって、その用具にはほとんど出合っていませんから形は見えてもその意味、つまりそれはどんなふうに暮らしを助けてくれるのかは見えてきません。だからその意味を、そんな道具を知らなかった人に伝えるというシンプルな文章なので書きやすいのです。一方で京都新聞に書かせていただいた『現代のことば』というエッセイは、楽には書けませんでした。言葉が出てこなくて、自分が思う言葉を探すのが大変でした。私にとって言葉は「降りてくる」もので、それを待ちます。だから、西川さんが「まだ文章にならない」と言われるのも、勝手な想像ですがよくわかります。

 

――書くと喜ばれるじゃないですか。

 

浜田きよ子 喜ばれるということは、全然意識していません。人のために書いているわけではなく、それが日常なのです。私が出合った福祉用具に、今以上に思いを込めて、思い入れたっぷりで書かなければならないとしたら、その紹介を断念するかもしれません。

ケア論に話を戻すと、おむつフィッター研修をやりながら、自分でも「こんなことでやっているんだ」と気づくことがあります。それは、看護とか介護とか、さまざまに専門性が分かれている中で、排泄ケアは分かれた領域では捉えきれないという気づきです。排泄ケアを実践するにあたっては、医療や介護を包括し、それぞれを横断する形でケアを考えられないかと思い、そのようなプログラムを考えました。

介護職なら例えばこれまで起居、移乗動作について、ハウツーで教えられてきたことが、「それではいけない。もっとちゃんとその人を観なければいけない。どのような介助が必要か考えなければならない」と気づかされます。そんなことからこれまでの介護教育などについて疑問を感じることさえあります。

その一方で、さまざまなケアの理念が現場に浸透していきます。例えばパーソン・センタード・ケアなど、生身の主体に関わるケアであることにやっとたどり着いたという思いもします。その一方で、人ってそんなにシンプルで分かりやすいものでもないと言いたくもなります。もちろんだからそんなことはどうでもよいと言いたくはありません。その人のそばにいて、その人を観る、感じる、そのことの大切さを思います。その加減のようなものをどう伝えるのかとうまく言葉にできない私は悩みます。その微妙なところを、西川さんのケア論は言葉にちゃんとしてくれている感じです。

西川さんから見ておむつフィッター研修ってどう思いますか?

 

おむつフィッターの魅力

 

西川勝さん 僕はおむつについても、そんなに簡単にやり過ごせるものではないということは持っていましたが、それをこれだけ組織的にというか、継続してたくさんの人と情熱を持ってやり続けるのはすごいことですよ。5500人でしょう。これは認知症ケアとか大きな場所でやるのはいくらでもあるのですが、おむつでここまでやるというのはすごい。西川勝さん

なぜできるのでしょう。初期にアンテナの感度の良い人が集まったこともあるでしょう。今はもっと知られていますから注目度も上がっていますし、最初の頃とは取り巻く環境が変わってきています。でも一級まで来る人は情熱がないとできません。一級まで登っていくのに、知識などを積み上げて積み上げてという高揚感だけではなく「もういっぺん、足元を見直さないといけない」という角度の出来事が必ずあるから良いのだと思います。

 

浜田きよ子 おむつフィッター二級、一級では最後に論文提出がありますが、その論文にこんなのがありました。アルツハイマー型の認知症の男性がいて、すぐに人を叩いたりする。でも彼女は、彼をしっかり観ようと思ったそうです。その人と向き合う時に、「暴力行為があっても、自分はたじろがない」と決めたんだそうです。この人が歩いてくるときに腰を曲げていることが増えて、その時に暴れる傾向が強かったのです。腰を押さえているので、そばに行って「腰が痛いんですか?」と聞いたら、それまでは言葉がなかったのに、「そうや」とうなずいてボロボロと泣いたのだそうです。それで医師、看護師に相談して検査した結果、ガンが見つかったという例です。嫌な人だから近付かないではなくて、なんでこの人こうするのかなとか、いろんな角度から人に関心を持つと大きな気づきにつながります。そしてケアも変わります。

 

西川勝さん 知識で変わることも確かにあります。例えば「夜間せん妄」でパニックになっている人がいます。ここでSpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)を測る機械があって、数値が低いとなったら、夜間せん妄の前に、酸素濃度が低ことが分かります。そうなると、パニックへの対応として電気をつけるとか、静かな場所に誘導するとかは関係なくて、酸素吸入するとスキっとするわけです。知識はこんなふうにしてピンポイントでケアに役立つこともあります。本当に人間って身体の部分と言うか、因果法則で動く「モノ的世界」にどっぷりとつかっているので、そこを無視してはいけません。心の部分はありますが、どれだけそこを往復できるか?。いろんな異なったものの間を往復できる力が知性だと思うのです。まっすぐに行くというのはたぶん違う。一つの領域についての専門性が高い人で、他の領域での無知度が凄まじい人も珍しくありません。視点を自由自在に、どこまで近寄れるか、どこまで離れられるか、そういうところだと思います。鷲田先生もよくおっしゃる「思考の深呼吸」のように、どれだけ潜ってどこから溺れるかとか、そこでどれだけ我慢できるかとかそういうことが大事かなと思います。
僕は本をたくさん読みました。それは自分が発表するためのことでもあったのですが、それでもやっておいた方が良いと思います。

南方熊楠(みなかたくまぐす)という人がいます。「コトの学問」をしたいというのです。モノについての学問は西洋が素晴らしい。心理はある。モノと心が出合う「コト」についてはの学問がしたいのだというのです。因果法則だけではなく縁起も学んでいき南方曼荼羅を作っていくのですが、小澤勲先生の認知症ケアにも、身体の問題と心の問題、そして生活世界の問題の三つの世界の隔壁がスースーになっているのだという説明があります。若いころは体がしんどくても心は健全だったりしますがそれがなくなっていくということです。僕の中では、あの説明と南方熊楠のコトの説明がだんだん結びついていくのです。

博学多識だけが哲学じゃないという言葉があって僕もそうだと思いながらでも、知っていることは知ったほうが良いのです。コンピュータにデータを突っ込んでも結びつきませんが、人の場合は全然関係なかったようなことでもひゅっと繋がります。星座みたいなものです。星座を知らないと一個の星があるだけですが、星座を知るとそれらが線でつながっていきます。何かを見ようと思ったときに関連性が見えてきます。

だから「勉強なんかいらないよ、実践すればいいよ」とするだけでは、たぶんダメなんです。実践を自分の心に残す、記憶に残すとしたら要点が必要です。勉強は要点だらけで、実生活からしたら非常に貧しいのですが、その分、骨格がはっきりしています。

そういう意味で自分の経験をまとめたりするのに力になります。僕は最近、今までただ単純に哲学オタクっぽく読んでいただけの本が、最近気になって読みなおしてみると、得心することがあります。おむつフィッター認定講師の養成講座の課題本で、全然介護に関係のないものが入っています。おむつとか介護に関係のない読書体験がいつか、何かと結び付くのだろうと思います。

 

浜田きよ子 むつき庵の認定講師養成講座では、『テロル』ヤスミナカドラ著(早川ミステリー)や『治りませんように』斎藤道雄著(みすず書房)、など、これまでまず読んだことがない本を読んでみて、感想文を書いてもらい、互いに伝え合います。自分の価値観や生活世界とは異なる人たちの断片に触れる。そのことは自身の価値観を広げたり変えたりする場合があります。ケアは相手との間にあるものですから、自身があまりに狭い価値観、「人はこうあるべき」とか「これが当たり前」と思っていれば、相手を観る目も狭くなる。そんなことや何しろ私が読んで面白かったものを共有したい、そんなこんなで課題図書を出しています。もちろんどこかでケアと繋がると思ってのことです。それを皆が面白がってくれたのはとても嬉しかったです。

 

西川勝さん 繋がる時の快感が、ものを考える時の楽しみです。

僕の話は指針にはなりにくいです。介護でも看護でも、教えられたことというのは、文句のあったことをはずして怒られないことを蓄積していきます。看護師は特にそう。清潔区域を触ったら怒られるし、試験もあります。私自身は考えていなくても教科書に書いてあったのですという対応が積み重なります。私の意見は問われずに、どんな教科書を読みましたかと問われます。教科書に書いてあることや、先輩のやっていることを守っていくことが仕事につながります。ここでは自分は問われないし、自分が答える必要はないです。これは僕にとっては本当の手ごたえではなかったのです。それをおむつフィッター研修ではひっくり返します。また、教科書に書いてないことを提示すると、そこには手ごたえがあります。

他者に対する関心ごとと、自分への向上心は別のものではなくて承認欲求のように、認められたいと思うことがあります。その相手としては学校の先生がいて、また、職場では先輩たち、婦長さんなどの方がいます。そのうちどんどん、患者さんへと向かうことになります。本当に患者さんに満足してもらうためには何をするべきか?と考えるとこのあたりから本気で悩むようになります。国家試験は皆同じ答えです。でも、今目の前にいるこの人からの承認を求めるようになると、「私がこの人と出会った意味は?」というような考えを持つと、もう参照できるものはないですから自分で考えざるを得なくなります。

その時に、その人から認められるということは、新たな自分の価値を手ごたえとして受け取ることができます。それは他者に対する関心と、自分への向上心と言うか、自分らしさみたいなものが地に足がついてくるというような感覚ですね。そうなると徐々に「この人じゃなければだめだ」となります。

看護の授業で僕は「資格をもらったら看護師になれると思っていませんか?なれませんよ」という話をします。学生からは「え?」という顔をされます。それはこういうことです。患者さんから「看護師さん」と呼ばれる時まであなたは免許を持っていても看護師にはなれませんよということです。白衣を着ていきなり行ってもそれは看護ではありません。

外からは看護のように見えても患者さんにとってそれは看護かどうかは分かりませんよね。

認知症の方のように、社会的なかかわりを認識できないとそれは単なる暴力です。呼びかけてもくれない人への看護があり得るとしたら、呼びかけてくれない人の声をどう聞き取るか?というところしか看護は始まりません。声なき声、視線なき視線に自分が出合ってからです。向こうから来るものを自分が引き受けてからはじまります。操作的に始まるものは看護とは言わないのですよと、そういう話をします。

 

浜田きよ子 介護でも絹島荘の田中陽子さんがいいことをおっしゃっておられたのを覚えています。「受信機の感度が高まってこそ発信器の感度が高まる」。受信する側の自分の感度が高まってようやく相手は発信してくれる。その思い、何かを聞きとる、こちらは受け身の対応が整ってそれから相手は安心して発信してくれるということを話されていて、なるほどなあと思いました。こちらがどんどん何かを言っていくのではなくて。

 

西川勝さん そうですね。ふつうは、背を向けている人には話しかけないです。同僚同士で話している人には話しかけないです。自分の苦しみをそういう人には言うはずがないです。「孤独に応答する孤独」と言いますが、孤独な人は一人でいる人に話しかけます。楽しそうにグループにいる人には、孤独な人は話しかけません。しゃべっている人にも話しかけないです。コミュニケーションって、今は、話しかけるということからはじまるように言われていますが、そうじゃないでしょう。聴く。聴くということを考える時には、会う。ということが重要ですが、この「会う」が難しいです。縁起と言うか、いろんなものが出会うことを考えたいですね。

 

介護と看護の関係

 

浜田きよ子 話がずれるかもしれませんが、介護と看護のことを考えています。先日、「おむつフィッター研修で介護が変わる」というテーマで、大勢の方の前でお話をしました。そのときに、介護福祉士の教育に関わってきた方のお一人と話す機会がありました。その方は「介護は言わば新しい領域でした。そのためほとんど手掛かりがなくて、看護を中心にして、それを肉付けすることで介護福祉士の教育内容としてきたようです。もちろん様々に変化してはいますが」ということを言われていました。

思えば看護は、病を抱えた方を治療するために、その人のこれまでの暮らしから切り離します。ほおっておくと命にかかわりかねないその人の身体は、ときにはその人のこれまでの生活習慣が原因となることがあります。早く治療して健康を取り戻すためにはまな板の上にその人を置かないと始まりません。一方、介護は言わば暮らしの継続性が大きなテーマです。暮らしとかその人らしくというのは、言うのは簡単でも捉えどころのない言葉でもあります。そんなふうに考えると、介護と看護はやはり違うところから始まったほうが良かったのかなと思ったりします。看護をベースにしたので、まな板の上のその人しか見なくなった。その人の全体を観るというのが簡単では無くなってしまった。最初からのボタンの掛け違いの影響を受けているのかなとも思います。もちろん、看護の領域は広いので、ひとくくりにするのは難しいですが。

 

西川勝さん 病院看護というのは医学のお湯割りなんですよ。病院看護は医療補助がどんどん増えてきて医療面が目立つ、聴診器をぶら下げる看護師が山ほどいました。心電図を読める看護師がたくさんいます。そういう時に、やはり対極から、看護のあり方、看護って何だった?ということを考える人が出てくるのです。生活を見なければならないという人も少数ですがいますよ。でもおおかたは医療のお湯割り、ミニドクター化してやっていく。そして何かの分野のエキスパートになっていくという方向です。医療が一歩先んじて専門性を持っていくので、それを倣っていきます。今は、介護は、医療のお湯割りの看護をもう一回お湯割りにしていくような感じがしますのでそれはいかがなものかと思いますよ。だいたい、ナイチンゲールの看護論を読まなくなっていますよ。

 

浜田きよ子 私は看護覚書を読んで驚きました。冒頭の「すべての病気は程度の差こそあれ、その性質は回復過程であって、必ずしも苦痛を伴うものではない」、そして「一般に考えられている症状や苦痛などが、新鮮な空気や静けさ、食事の世話などから生じる症状であることが非常に多い」、というあたりから、これはすごいケア論だと思いました。

 

西川勝さん 病院看護を始めた人ですが、考え方が全然違います。患者と看護人の対人関係に看護を落とし込んだのがアメリカ流の看護論です。ナイチンゲールは環境なんです。看護人も環境の一部なんです。回復の場を調整することに一番の重きを置いて、患者に働きかけることを重視していません。

 

浜田きよ子 そういう視点がとても大事ですね。

 

西川勝さん でもぜんぜん、伝わっていません。臨床哲学でもケアを考える時にナイチンゲールの看護論を3年4年とやって修士論文をナイチンゲールで書いた人もいました。それくらい哲学的にも耐える著作ですが、ほとんどみられていません。

 

浜田きよ子 それは専門性の分化が進んでいるからですか?

 

西川勝さん 古いということもあるんでしょう。そのまま使えない部分が多いでしょう。でも大事なことがたくさんあって、あれは思想書として読まなければならないのです。今の看護論は、看護診断とか、看護で使う書式に落とし込めるようになっています。アセスメントシートに代わるというものですがナイチンゲールはそれにならないのです。位置から考えなさい、というものだからすぐに道具にならないのです。でも、あれをもっと勉強しないといけませんよ。…と、こんなふうに考えているので、僕の話は看護の世界では浮きますよ。

 

浜田きよ子 おむつフィッター研修では西川さんの講義を興味深く聴いています。そんな人たちが大勢いてくれることを私はとても嬉しいです。何よりおむつフィッターってタフだなあと思います。まさにどこかであれこれがつながるのでしょうね。

 

――Fin.

取材メモ:2016年11月14日 於:むつき庵

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